Reconsideration of the History
207.他人を助けるのが「脱法活動」? ── 海自艦隊ソマリア沖派遣に見る歪んだ思考 (2009.4.12)

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ソマリアの海賊
高速艇のソマリア海賊。(写真:eaglespeak) 船首部分の海賊(左端)が右肩に載せている「長い物」はロケット砲だ。 当該記事
中海─スエズ運河─紅海─アデン湾─印度洋。これは欧州とアジアを結ぶ主要な海上輸送路、言い換えれば「海の動脈」共言える極めて重要なルートです。然(しか)し、アフリカ東北端、印度洋に面する「アフリカの角」ソマリアは1992(平成4)年以降、無政府・無法状態にあり、地元漁民がアデン湾での海賊行為を「生業(なりわい)」とする様になり、2001(平成13)年以降、この海域を航行する船舶の海賊被害は増加の一途を辿(たど)ってきました。海賊被害に遭(あ)わず安全に航行する為に一番手っ取り早いのは、地中海─大西洋─喜望峰(アフリカ大陸最南端)─マダガスカル沖─印度洋と言うアフリカ大陸周回ルートですが、これでは航海日数もさる事乍(なが)ら、燃料費の大幅消費も避けられません。詰(つ)まり、どうしても海賊が多発するアデン湾を通らねばならない。そこで、この海域を利用する船舶の船籍国海軍が各々(おのおの)軍艦を派遣し、主に自国船団の護衛を始めた訳です。

自動車運搬船「ジャスミン・エース」
商船三井の自動車運搬船「ジャスミン・エース」。(写真:eaglespeak) 当該記事
(ここまで)、「他人事(ひとごと)」の様に書いてきましたが、これは何も他国に限った事ではありません。ご存じの通り、日本の船舶もこの危険な海域を日々利用しており、今年3月22日には、商船三井が運航する自動車運搬船「ジャスミン・エース」(基準排水量 13,038t/英領ケイマン諸島船籍)が海賊の高速艇2隻に追尾銃撃されると言う被害が発生しています。詰まり、日本も国として何らかの対応を取らなければならない状況に追い込まれていた訳で、その対応策として、自衛隊法第82条「海上における警備行動」と同第93条「海上における警備行動時の権限」に基づく海上自衛隊の護衛艦による船団護衛が実施された訳です。(以下、自衛隊法第82条及び第93条を総じて「海上警備行動」と略)

   自衛隊法
第82条 (海上における警備行動)
防衛大臣は、海上における人命若(も)しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。
第93条 (海上における警備行動時の権限)
警察官職務執行法第7条 の規定は、第82条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。
第2項 海上保安庁法第16条 、第17条第1項及び第18条の規定は、第82条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の三等海曹以上の自衛官の職務の執行について準用する。
第3項 海上保安庁法第20条第2項 の規定は、第82条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。この場合において、同法第20条第2項 中「前項」とあるのは「第1項」と、「第17条第1項」とあるのは「前項において準用する海上保安庁法第17条第1項 」と、「海上保安官又は海上保安官補の職務」とあるのは「第82条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務」と、「海上保安庁長官」とあるのは「防衛大臣」と読み替えるものとする。
第4項 第89条第2項の規定は、第1項において準用する警察官職務執行法第7条 の規定により自衛官が武器を使用する場合及び前項において準用する海上保安庁法第20条第2項 の規定により海上自衛隊の自衛官が武器を使用する場合について準用する。

護衛艦「さみだれ」と「さざなみ」
ソマリア沖に出港する護衛艦「さみだれ」(手前)と「さざなみ」=広島県呉市で2009年3月14日午後2時23分、毎日新聞本社ヘリから幾島健太郎氏撮影 当該記事
成21(2009)年3月14日、広島県呉(くれ)市の海上自衛隊(以下、「海自」と略)呉基地から護衛艦隊第4護衛隊群第8護衛隊所属の「さみだれ」(むらさめ型6番艦 DD-106 基準排水量 4,550t)と「さざなみ」(たかなみ型4番艦 DD-113 基準排水量 4,650t)の2隻の護衛艦がアデン湾へと向けて出航していきました。この護衛艦派遣に対しては賛否両論、何であれ派遣には絶対反対と言う意見から、派遣には賛成するものの、海賊対策なのだから海自護衛艦(実質的な軍艦)では無く、海上保安庁(以下、「海保」と略)の巡視船を派遣するのが筋では無いかとの意見迄様々です。因(ちな)みに、私は今回の護衛艦派遣には賛成です。前述の通り、このルートを日本船舶の多くが利用している事を考えると、護衛艦による船団護衛は極めて有効な対処法です。海自護衛艦では無く、海保巡視船をとの意見もありますが、我々が想像する「昔ながらの海賊」とは異なり、彼らは自動小銃はおろかロケット砲迄装備する充実ぶり。いざと言う時、船体色がグレーの「軍艦」では無い巡視船では「嘗(な)められる」事は目に見えており、海賊船に近接して警告でもしようものなら、ロケット砲を撃ってくるであろう事は想像に難(かた)くありません。(実際、グレーの船体色=軍艦を目にした海賊は往々にして退散すると言う) 又、派遣されたのは「護衛艦」である訳ですが、その名称が意味するもの

「何か」から、「何か」を護衛する為の艦船

と言う観点からすれば、

「海賊の襲撃」から、「日本の船団」を護衛する為の艦船

と言う解釈は当を得たもの共言えます。

(さて)茲迄は「序破急」で言えば本小論に於ける「序」、言わば「前書き」でして、皆さんに考えて頂きたい事、「破」に相当する部分は茲からなのです。その事を論じる前に、皆さんには今暫(しばら)くお時間を頂いて、以下の新聞記事をお読み頂きたいと思います。

海自護衛艦が外国船救助 ソマリア沖 脱法活動の疑い

2009年4月5日 山梨日日新聞

 防衛省によると、ソマリア沖で海賊対策活動中の海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」が4日午前2時40分(現地時間3日午後8時40分)ごろ、海上警備行動の警護対象外のシンガポール船籍のタンカーから「海賊らしい小型船舶に追われている」との国際無線連絡を受けて現場海域に急行、約20分後に追い払った。

 海上警備行動での警護対象は日本船籍、日本人、日本の貨物を運ぶ外国船など日本関連の船舶に限られており、脱法的な活動だった疑いがある。防衛省は「船員法の遭難船舶等の救助を適用した。武器などの強制力を使っておらず問題はない」としている。

 防衛省によると、さざなみはタンカーから約7Km離れた位置で無線を受け、約10分後に約5.5Kmまで接近。約10分間にわたりサーチライトを照射したり「長距離音響発生装置」と呼ばれる大音量を出す機器で現地語を使い「こちらは海上自衛隊」などと呼び掛け、追い払ったという。

 タンカーに近づいた船は、はしけ船の後ろに3隻の小型船をつなげて航行していたが、武器は使っておらず、防衛省は「海賊船かどうかは不明」としている。

 海上警備行動では日本関係船舶以外の警護はできず、政府は対象を日本と関係のない外国船舶に広げる新法「海賊対処法案」の早期成立を目指している。

 船員法14条は「船長は、他の船舶または航空機の遭難を知ったときは、人命の救助に必要な手段を尽くさなければならない」と定めている。

 海自の護衛艦は日本時間の3月30日夜から警護活動を開始し、今回が3回目。オマーン側からジブチ側に西向きに、日本関連船舶3隻を護衛しながら航行していた。


海自艦の護送ルート

【ズーム】 ソマリア沖の海賊対策

 政府は自衛隊法の「海上警備行動」に基づいて日本関連船舶を警護するため護衛艦2隻をソマリア沖に派遣した。防衛省の実施要領などによると、アデン湾で民間船団の前後を護衛艦が挟み、哨戒ヘリで警戒しながら海賊が多発するアデン湾を通過する。海上警備行動での警護対象は日本船籍、日本人・日本の貨物を運ぶ外国船などの日本関連船舶に限定。武器使用は警察官職務執行法を準用、海賊側に対する射撃は正当防衛か緊急避難の場合に限っている。政府は今国会に「海賊対処法案」を提出、成立後は活動根拠を海上警備行動から新法に切り替える。

海自護衛艦、ソマリア沖2度目の不審船対処・・・武器不使用

2009年4月12日01時46分 読売新聞

不審船
護衛艦「さみだれ」が搭載ヘリコプターを向かわせた不審船(11日撮影、海上自衛隊提供)
 11日午後3時10分(現地時間午前9時10分)頃、アフリカ・ソマリア沖のアデン湾で、海上自衛隊の護衛艦「さみだれ」が、約18Km離れた海上を航行していたマルタ船籍の商船「パナマックス・アンナ」から「海賊に追われている」との無線連絡を受けた。

 パナマックス・アンナの近くで航行していた不審船に対し、さみだれは5キロ余りの距離まで接近。大音響発生装置を使い、海自の護衛艦であることを告げたうえで搭載ヘリコプターを現場に飛ばしたところ、不審船はパナマックス・アンナから離れた。さみだれの武器使用はなかったという。

 高速移動できる襲撃用小型ボートをえい航しているのが海賊船の特徴とされるが、防衛省によると、今回の不審船も小型ボートのようなものを伴っていた。ただ実際に海賊船だったかどうかは確認できていない。さみだれは、5回目の警護活動を終え、次の警護対象船が集まるのを待っていた時に無線連絡を受けた。

 今回の派遣は海上警備行動に基づくため、警護は、〈1〉日本籍船〈2〉運航主が日本の事業者〈3〉外国籍船でも日本人が乗船――などのどれかに該当する船舶が対象。パナマックス・アンナは対象外だが、さみだれは同省統合幕僚監部などに連絡したうえで活動した。同省幹部は「人道上の観点から対処した」と説明している。

 護衛艦が不審船に対処したのは今月3日に続き2回目。前回も警護対象外の船舶から救援を求められた。

回のソマリア沖への海自護衛艦派遣に関しては、今日(4月12日)現在、政府が進めている新法(海賊対処法)が成立しておらず、依然として暫定措置として自衛隊法の「海上警備行動」に基づく活動が行われている訳ですが、派遣当初から問題視されていた事があります。それは、護衛艦による警護対象が、

  1. 日本籍船
  2. 運航主が日本の事業者
  3. 日本人が乗船する外国籍船

の孰(いず)れかのケースで無ければならないと言うものです。然し、当該海域は日本以外の外国船も多くが航行しており、等しく海賊被害を蒙(こうむ)っているのが実情です。ですから、上記2件の記事の様なケースは今後も発生する事は目に見えています。それに対して、やれ「脱法活動」だのと言って現地で任務に就いている護衛艦に制約を課して良いものなのか? 護送船団が航行する近くで外国船が海賊の襲撃を受けていたり、其処(そこ)迄いかず共受けつつある状況下で、護衛艦が「見て見ぬふり」を果たして出来るものなのか? 縦(よ)しんば、艦長が法律を厳格に解釈し警護対象外だからと言って何の対応もせず、その結果、外国船が海賊に制圧されたり、乗組員に死傷者が出た場合、国際社会はどの様な目で海上自衛隊を、ひいては派遣国である日本を見るのか? 事は脱法云々のレベルに留まらず、日本の国際的地位や国益にも影響を及ぼす極めて重大な要素を含んでいるのです。

さん、考えても見て下さい。例えば、某県の現職警察官が非番を利用して都内にやって来たとします。すると、繁華街の路地で、自分の目の前で強盗事件が発生。彼は他県の警察官ですから都内は管轄外、ましてや非番と言う理由で、見て見ぬふりをしても許されるものなのでしょうか? 警察官とは言え「部外者」である以上、所轄の警察官に任せるのが筋であり、自分自身は何もしなくても問題無いと言う「論理」、これ自体は決して間違ってはいません。勝手な行動が現場(所轄)にいらぬ混乱を生じさせるかも知れない以上、自分自身は余計な事をせず現場に任せると言う考え方にも一理あります。然し、例え管轄が異なろうが、同じ警察官である以上、指を咥(くわ)えて唯々(ただただ)傍観している事に対する「道義的責任」は免れ得ないでしょう。これと同じ事です。「管轄」は違っても海賊の襲撃を受けている外国船があるのであれば、護衛艦が対処するのは当然の事です。それを、やれ「脱法活動」等と言って問題視する事自体が、寧(むし)ろ私に言わせれば問題、それも「大問題」である訳です。

阪神・淡路大震災で被災した神戸市街
阪神・淡路大震災で被災した神戸市街。震災自体は確かに「天災」だが、災害救助部隊の派遣出動要請の遅れ等による被害拡大や死傷者増加は明らかに「人災」であった。 当該記事
律を遵守する事が法治国家としては極めて重要な事である事は私も認める所です。然し、平成7(1995)年1月17日に発生した阪神・淡路大震災に於いて、近傍派遣した現地自衛隊部隊を除き、周辺の部隊は迅速に災害救助出動の準備を整えたにも関わらず、「法律」に基づく災害派遣要請の大幅な遅れから、初動段階で「迅速且つ有効な救助活動が出来ず」、その結果、被害の拡大と死傷者の増加と言う結果を生んでしまいました。(自衛隊の名誉の為に言いますが、彼らに非は全くありません。実際、地震発生後、早い段階で準備を完了、要請が来れば即時出動出来る態勢を整えていたのですから。寧ろ、悪いのは、自衛隊部隊に派遣要請をしなかった当時の貝原俊民・兵庫県知事(派遣要請は機転を利かした野口一行・兵庫県消防交通安全課課長補佐が知事への事後承諾で行った)であり、未曾有の大災害にも関わらず、何の役にも立たなかった総理の村山富市である)

これは「法律」を厳格に守ったが為の「悲劇」 ── 私はその様に考えています。法律は様々なケースを想定して制定されているものですが、人間が考え出したものである以上、完璧なもの等あり得ません。法律の隙間(すきま)を突(つ)く欠陥もさる事乍ら、「想定外の事象」も無きにしも非ず。それが「法律」の宿命である訳です。然し、その「法律」の為に人命が危険に晒(さら)されるのであるとすれば、そこは機転を利(き)かして対応する。緊急避難的な措置で乗り越える。それが法律を補完する人間の智慧では無いか?と私は思う訳です。

ジブチ港での歓迎式典に臨む海上自衛隊の派遣部隊指揮官、五島浩司一等海佐
2009年4月6日、ジブチ港での歓迎式典に臨む海上自衛隊の派遣部隊指揮官、五島浩司一等海佐(右手前)(共同) 当該記事
マリア沖へ派遣された2隻の護衛艦「さみだれ」と「さざなみ」。様々な制約の中で粛々と任務を遂行されている隊員の皆さんには頭の下がる思いです。日本が、そして、日本人が、先の大戦の敗北により失ってしまった事、忘れてしまった事を、今回の「脱法活動」云々の話が思い出させて呉(く)れるのだとすれば、それはそれで決して無駄では無いでしょうし、「大事な事」を大事な事として当たり前の様に認識する事が出来る国として日本が蘇(よみがえ)る契機(きっかけ)となる事を願って已(や)みません。(了)



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