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日朝修好条規 (1876)

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治9(1876)年に日本・李氏朝鮮間に締結された条約。日鮮修好条規・江華(カンファ)条約・丙子(ビョンジャ)条約共呼ばれ、江華島事件後、調印。日本は条規中に、「朝鮮国は自主の邦にして日本と平等の権を保有せり」と表現し、李氏朝鮮を諸外国に先駆けて「独立国」として承認、清朝の宗主権を否認した。その他に、

  1. 釜山(プサン)等3港の開港による通商貿易
  2. 輸出入の無関税特権(1883年7月 日朝貿易章程で改正)
  3. 貿易規制品目
  4. 日本貨幣の使用
  5. 朝鮮銅貨の輸出入の自由
  6. 朝鮮沿海測量の自由
  7. 自治居留地(日本の領事裁判権)
等を規定。後世のコリア人は、日本がコリアに科した最初の不平等条約であると主張糾弾するが、当時の朝鮮政府には、これが不平等条約であると言う認識が全く見られない。それは、多分に当時の朝鮮政府の、国際関係や万国公法(国際法)に対する無知・無理解に依る所が大きい。


日朝修好條規

明治九年二月二十七{ママ}日江華府ニ於テ調印(日、漢文)

同年三月二十二日批准

同年同月同日太政官布告

大日本國

大朝鮮國ト素(もと)ヨリ友誼(ゆうぎ)ニ敦(あつ)ク年所ヲ歴有セリ今兩國ノ情意未タ(いまだ)(あま)ネカラサ(ざ)ルヲ視(み)ルニ因(より)テ重テ舊好ヲ修(おさ)メ親睦ヲ固フ(かとう)セント欲(ほっ)ス是(これ)ヲ以(もっ)テ日本國政府ハ特命全權辨理大臣陸軍中將兼參議開拓長官黒田清隆特命副全權辨理大臣議官井上馨ヲ簡ミ朝鮮國江華府ニ詣(まい)リ朝鮮國政府ハ判中樞府事申櫶都ハ府副ハ管尹滋承ヲ簡ミ各(おのおの)奉スル(ほうずる)所 ノ諭旨ニ遵ヒ(したがい)議立セル條款ヲ左ニ開列ス

第一款 朝鮮國ハ自主ノ邦(くに)ニシテ日本國ト平等ノ權ヲ保有セリ嗣後兩國和親ノ實ヲ表(あらわ)セント欲(ほっ)スルニハ彼此(ひし)互ニ同等ノ禮義ヲ以(もっ)テ相(あい)接待シ毫モ侵越猜嫌スル事アルヘ(べ)カラス(ず)先ツ(まず)從前交情阻塞(そさい)ノ患(わざわい)ヲ爲(な)セシ諸例規ヲ悉(ことごと)ク革除シ務(つと)メテ寛裕弘通(ぐつう)ノ法ヲ開擴シ以テ雙方トモ安寧ヲ永遠ニ期スヘ(べ)

第二款 日本國政府ハ今ヨリ十五個月(かげつ)ノ後時ニ隨ヒ(したがい)使臣ヲ派出シ朝鮮國京城(けいじょう)ニ到リ禮曹判書ニ親接シ交際ノ事務ヲ商議スルヲ得ヘシ(うべし)該使臣或(あるい)ハ留滯シ或ハ直(じか)ニ歸國スルモ共ニ其(その)時宜ニ任スヘシ(まかすべし)朝鮮國政府ハ何時ニテモ使臣ヲ派出シ日本國東京ニ至リ外務卿(きょう)ニ親接シ交際事務ヲ商議スルヲ得ヘ(べ)シ該使臣或(あるい)ハ留滯シ或(あるい)ハ直(じか)ニ歸國スルモ亦(また)(その)時宜ニ任(まか)スヘ(べ)

第三款 嗣後兩國相(あい)往復スル公用文ハ日本ハ其(その)國文ヲ用ヒ(もちい)今ヨリ十年間ハ添(そ)フルニ譯漢文ヲ以(もっ)テシ朝鮮ハ眞文ヲ用ユヘシ(もちゆべし)

第四款 朝鮮國釜山ノ草梁項ニハ日本公館アリテ年來兩國人民通商ノ地タリ今ヨリ從前ノ慣例及(および)歳遣船等ノ事ヲ改革シ今般新立セル條款ヲ憑準(ひょうじゅん)トナシ貿易事務ヲ措辨(そべん)スヘ(べ)シ且(かつ)又朝鮮國政府ハ第五款ニ載(の)スル所ノ二口(にこう)ヲ開キ日本人民ノ往來通商スルヲ准聽(じゅんちょう)スヘ(べ)シ右ノ場所ニ就(つ)キ地面ヲ賃借シ家屋ヲ造營シ又ハ所在朝鮮人民ノ屋宅ヲ賃借スルモ各(おのおの)(その)隨意ニ任スヘ(べ)

第五款 京圻忠清全羅慶尚咸鏡五道ノ沿海ニテ通商ニ便利ナル港口二箇所ヲ見立タル後地名ヲ指定スヘ(べ)シ開港ノ期ハ日本暦明治九年二月ヨリ朝鮮暦丙子年正月{前2字の右横に「(註)」の字あり}ヨリ共ニ數ヘ(かぞえ)テ二十個月(かげつ)ニ當(あた)ルヲ期トスヘ(べ)

第六款 嗣後日本國船隻朝鮮國沿海ニアリテ或(あるい)ハ大風(たいふう)ニ遭ヒ(あい)又ハ薪粮(しんろう)ニ窮竭(きゅうけつ)シ指定シタル港口ニ達スル能ハサル(あたわざる)時ハ何(いず)レノ港灣ニテモ船隻ヲ寄泊シ風波ノ險(けん)ヲ避ケ要用品ヲ買入(かいい)レ船具ヲ修繕シ柴炭(さいたん)類ヲ買求(かいもと)ムルヲ得ヘシ(うべし)勿論其(その)供給費用ハ總(すべ)テ船主ヨリ賠償スヘ(べ)シト雖(いえど)モ是等(これら)ノ事ニ就(つき)テハ地方官人民トモニ其(その)困難ヲ體察シ眞實ニ憐恤(れんじゅつ)ヲ加ヘ(くわえ)救援至ラサル(いたらざる)ナク補給敢テ吝惜(りんじゃく)スル無ルヘシ(なくるべし)(もし)又兩國ノ船隻大洋中ニテ破壞シ乘組人員何(いず)レノ地方ニテモ漂着スル時ハ其(その)地ノ人民ヨリ即刻救助ノ手續(てつづき)ヲ施(ほどこ)シ各人ノ性命ヲ保全セシメ地方官ニ届出該官ヨリ各(おのおの)(その)本國ヘ護送スルカ又ハ其(その)近傍ニ在留セル本國ノ官員ヘ引渡スヘ(べ)

第七款 朝鮮國ノ沿海島嶼岩礁從前審撿(しんけん)ヲ經サレハ(へざれば)極メテ危險トナスニ因(よ)リ日本國ノ航海者自由ニ海岸ヲ測量スルヲ准シ其(その)位置淺深ヲ審(つまびらか)ニシ圖誌ヲ編製シ兩國船客ヲシテ危險ヲ避ケ安穏(あんのん)ニ航通スルヲ得(え)セシムヘ(べ)

第八款 嗣後日本國政府ヨリ朝鮮國指定各口ヘ時宜ニ隨ヒ(したがい)日本商民ヲ管理スルノ官ヲ設ケ置クヘ(べ)シ若(も)シ兩國ニ交渉スル事件アル時ハ該官ヨリ其(その)所ノ地方長官ニ會商シテ辨理セン

第九款 兩國既ニ通好ヲ經タリ彼此ノ人民各(おのおの)自己ノ意見ニ任セ貿易セシムヘ(べ)シ兩國官吏毫モ之(こ)レニ關係スルコトナシ又貿易ノ制限ヲ立テ或(あるい)ハ禁沮(きんそ)スルヲ得ス(えず)倘シ兩國ノ商民欺罔(ぎもう)衒賣(げんばい)又ハ貸借償ハサル(つぐなわざる)コトアル時ハ兩國ノ官吏(かんり)嚴重ニ該逋(がいほ)商民ヲ取糺(とりただ)シ債缺ヲ追辨セシムヘ(べ)シ但(ただ)シ兩國ノ政府ハ之(これ)ヲ代償スルノ理ナシ

第十款 日本國人民朝鮮國指定ノ各口ニ在留中若(も)シ罪科ヲ犯シ朝鮮國人民ニ交渉スル事件ハ總(すべ)テ日本國官員ノ審斷ニ歸スヘシ(きすべし)(も)シ朝鮮國人民罪科ヲ犯シ日本國人民ニ交渉スル事件ハ均(ひと)シク朝鮮國官員ノ査辨ニ歸スヘシ(きすべし)(もっとも)雙方トモ各(おのおの)(その)國律ニ據(よ)リ裁判シ毫モ回護袒庇(たんぴ)スルコトナク務(つと)メテ公平允當(いんとう)ノ裁判ヲ示スヘ(べ)

第十一款 兩國既ニ通好ヲ經タレハ(へたれば)另ニ通商章程ヲ設立シ兩國商民ノ便利ヲ與フヘシ(あたうべし)(かつ)現今(げんこん)議立(ぎりゅう)セル各款中更ニ細目ヲ補添シテ以(もっ)テ遵照ニ便ニスヘ(べ)キ條件共自今(じこん)六個月(かげつ)ヲ過スシテ兩國另ニ委員ヲ命シ(めいじ)朝鮮國京城(けいじょう)又ハ江華府ニ會シテ商議定立セン

第十二款 右議定セル十一款ノ條約此日(このひ)ヨリ兩國信守遵行ノ始(はじめ)トス兩國政府復(また)(こ)レヲ變革スルヲ得ス(えず)(もっ)テ永遠ニ及ホシ(およぼし)兩國ノ和親ヲ固フ(かとう)スヘ(べ)シ之レカ(これが)(ため)ニ此(この)約書二本ヲ作リ兩國委任ノ大臣各(おのおの)ツ印(けんいん)シ相互ニ交付シ以(もっ)テ憑信(ひょうしん)ヲ昭(あきらか)ニスルモノナリ


大日本國紀元二千五百三十六年明治九年二月二十六日

大日本國特命全權辨理大臣
陸軍中將兼參議開拓長官

 黒田清隆 (印)

大日本國特命副全權辨理大臣議官

 井上馨 (印)


大朝鮮國開國四百八十五年丙子二月初二日

大朝鮮國大官判中樞府事

 申櫶 (印)

大朝鮮國副官都ハ府副ハ管

 尹滋承 (印)

(註) 漢文本書ニハ「二月」トアリテ相當ラス(あいあたらず)ト雖(いえど)モ日本文本書ニ添ヘラレタル「修好條規譯漢文」ニモ「二月」トアリ
(日本外交年表竝主要文書より)


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