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大東亜戦争終結ノ詔書 (終戦の詔勅 昭和20年8月14日)

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和20(1945)年8月15日正午、「大東亜戦争」の終結を国民に告げる為になされたラジオ放送 ── 所謂「玉音放送」で知られる昭和天皇の詔勅。終戦前日の8月14日、御前会議に於いて、昭和天皇の「御聖断」(最後決定)により実施となったもので、ラジオ放送で使われた円盤(レコード盤)への録音は同日深夜、宮内省内の天皇政務室で行われた。「玉音放送」に関しては、降伏反対・戦争継続を主張した近衛師団等による録音盤奪取未遂事件等、「長い一日」(8月14日〜15日)の中で予定通り放送され、日本は「現人神」(あらひとがみ) ── 昭和天皇の「鶴の一声」で降伏を甘受、整然と矛を収め、粛々と武装解除に応じる事となった。


大東亜戦争終結ノ詔書

<原文>

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ

朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニシテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ惟フニ今後帝国ノ受クヘキ困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ

(御名御璽)

昭和二十年八月十四日


<読み下し文>

(ちん)、深く世界の大勢と、帝国の現状とにかんがみ、非常の措置をもって、時局を収拾せんと欲し、ここに忠良なる汝臣民に告ぐ。朕は、帝国政府をして、米英支ソ四国に対し、その共同宣言を受諾する旨、通告せしめたり。

そもそも帝国臣民の康寧(こうねい)をはかり、万邦共栄の楽を共にするは、皇祖皇宗の遺範にして、朕の挙々おかざるところ。先に米英二国に宣戦せるゆえんも、また実に帝国の自存と東亜の安定とを庶幾(しょき)するに、出でて他国の主権を排し、領土を侵すがごときは、もとより朕が意志にあらず。しかるに、交戦すでに四歳をけみし、朕が陸海将兵の勇戦、朕が百僚有司の励精、朕が一億衆庶の奉公、おのおの最善を尽くせるにかかわらず、戦局、かならずしも好転せず、世界の大勢、また我に利あらず。しかのみならず、敵は新たに残虐なる爆弾を使用し、しきりに無辜(むこ)を殺傷し、惨害の及ぶところ、まことに測るべからざるに至る。しかもなお交戦を継続せんか。ついにわが民族の滅亡を招来するのみならず、のべて人類の文明をも破却すべし。かくのごとくむは、朕、何をもってか、億兆の赤子を保し、皇祖皇宗の神霊に謝せんや。これ朕が帝国政府をして共同宣言に応ぜしむるに至れるゆえんなり。

朕は帝国とともに、終始、東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し、遺憾の意を表せざるをえず。帝国臣民にして、戦陣に死し、職域に殉し、非命に倒れたる者、及びその遺族に想を致せば、五内ために裂く。かつ戦傷を負い、災禍をこうむり、家業を失いたる者の厚生に至りては、朕の深く軫念(しんねん)するところなり。おもうに今後、帝国の受くべき苦難は、もとより尋常にあらず。汝臣民の衷情も、朕よくこれを知る。しかれども、朕は時運のおもむくところ、堪えがたきをたえ、忍びがたきを忍び、もって万世のために太平を開かんと欲す。

朕はここに、国体を護持しえて、忠良なる汝臣民の赤誠に信倚(しんい)し、常に汝臣民と共にあり、もしそれ情の激するところ、みだりに事端をしげくし、あるいは同胞排擠(はいせい)、互いに時局を乱り、ために大道を誤り、信義を世界に失うがごときは、朕もっともこれを戒む。よろしく挙国一家、子孫、相伝え、よく神州の不滅を信じ、任重くして道遠きをおもい、総力を将来の建設に傾け、道義を篤(あつ)くし、志操を固くし、誓って国体の精華を発揚し、世界の進運におくれざらんことを期すべし。汝臣民、それよく朕が意を体せよ。

(御名御璽)

昭和二十年八月十四日

[以下、内閣総理大臣・鈴木貫太郎はじめ、十六名の閣僚、連署]


<現代語訳>

余は、深く世界の大勢と、帝国の現状を顧みて、非常措置をもって事態を収拾しようと欲し、ここに忠実にして善良なる汝ら臣民に告げる。

余は帝国政府に、米英中ソの四国に対し、そのポツダム宣言を受諾する旨、通告させた。

そもそも、帝国臣民の安寧をはかり、万国が共存共栄して楽しみをともにする事は、天照大御神から始まる歴代天皇・皇室が遺訓として代々伝えてきたもので、余はそれを常々心掛けてきた。先に米英の二国に宣戦した理由も、実に帝国の独立自存と東アジア全域の安定とを希求したものであって、海外に出て他国の主権を奪い、領土を侵略するが如きは、もとより余の志す所ではない。しかるに、交戦状態はすでに四年を過ぎ、余の陸海軍の将兵の勇敢なる戦い、余の全ての官僚役人の精勤と励行、余の一億国民大衆の自己を犠牲にした活動、それぞれが最善を尽くしたのにも関わらず、戦局は必ずしも好転せず、世界の大勢も又、我が国にとって有利とは言えない。

そればかりか、敵国は新たに残虐なる原子爆弾を使用し、幾度も罪なき民を殺傷し、その惨害の及ぶ範囲は、誠に計り知れない。この上、なお交戦を続けるであろうか。遂には、我が日本民族の滅亡をも招きかねず、更には人類文明そのものを破滅させるに違いない。その様になったならば、余は何をもって億兆の国民と子孫を保てばよいか、皇祖神・歴代天皇・皇室の神霊に謝ればよいか。以上が、余が帝国政府に命じ、ポツダム宣言を受諾させるに至った理由である。

余は、帝国と共に終始一貫して東アジアの解放に協力してくれた、諸々の同盟国に対し、遺憾の意を表明せざるを得ない。帝国の臣民の中で、戦陣で戦死した者、職場で殉職した者、悲惨な死に倒れた者、及びその遺族に思いを致す時、余の五臓六腑は、それが為に引き裂かれんばかりである。且つ、戦傷を負い、戦争の災禍を蒙り、家も土地も職場も失った者達の健康と生活の保証に至っては、余の心より深く憂うる所である。思うに、今後、帝国の受けるべき苦難は、もとより尋常なものではない。汝ら臣民の真情も、余はそれをよく知っている。しかし、ここは時勢の赴く所に従い、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、それをもって万国の未来、子々孫々の為に、太平の世への一歩を踏み出したいと思う。

余はここに、国家国体を護り維持しえて、忠実にして善良なる汝ら臣民の真実と真心を信頼し、常に汝ら臣民と共にある。もし、事態に逆らって激情の赴くまま事件を頻発させ、あるいは同胞同志で排斥しあい、互いに情勢を悪化させ、その為に天下の大道を踏み誤り、世界の信義を失うが如き事態は、余の最も戒める所である。

その事を、国を挙げて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、任務は重く道は遠いと言う事を思い、持てる力の全てを未来への建設に傾け、道義を重んじて、志操を堅固に保ち、誓って国体の精髄と美質を発揮し、世界の進む道に遅れを取らぬ様、心掛けよ。汝ら臣民、以上の事を余が意志として体せよ。

(御名御璽)

昭和二十年八月十四日

[以下、内閣総理大臣・鈴木貫太郎はじめ、十六名の閣僚、連署]

(本用語解説中に掲載する詔書原文・読み下し文・現代語訳は、何れも、「神国の森」の主宰者、八神邦建氏入力のテキストを利用させて頂きました。ここに同氏に対し、謹んで感謝を申し上げます。)


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