Reconsideration of the History
77.紙屑と化した紙幣〜香港軍票問題(2000.9.7)

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回のコラム『74.忘れ去られた皇軍兵士〜コリア人・台湾人軍人軍属問題』参照)で、日本にとっての未解決な「終戦」問題の一つとして、コリア人・台湾人軍人軍属への戦後補償問題を取り上げました。そこで今回は、日本にとってのもう一つの未解決な「終戦」問題 ── 「香港(ホンコン)軍票問題」について書いてみたいと思います。

港軍票問題」と言っても、皆さんの中には、一体何の事なのか分からない方もおられる事と思います。そこで、まず「軍票」から簡単に説明したいと思います。

票。「軍用手票」・「軍用手表」・「軍用手形」・「軍用切符」共呼ばれ、軍隊が作戦展開に必要な物資の調達や、占領地での経済活動等に必要な軍費を賄(まかな)う為に、戦地や占領地域等で一時的に発行・使用した臨時紙幣の事で、日本軍の場合、日露戦争(1904-1905)以来、青島(チンタオ)出兵(1914)・シベリア出兵(1918-1922)・支那事変(日中戦争:1937-1945)・大東亜戦争(太平洋戦争:1941-1945)において大量に発行されました。

て、この軍票ですが、大東亜戦争中の香港でもご多分に漏れず発行されました。香港における軍票は、進駐した日本軍が3年8ヶ月にわたった占領期間中、香港市民の持つ香港ドルと強制的に交換し、軍費を確保した訳ですが、昭和20(1945)年8月15日(終戦の日)を境に事態は一変したのです。日本政府はGHQ(連合国軍総司令部)最高司令官 ダグラス=マッカーサーの「覚書」に基づいて、昭和20年9月、大蔵省が「軍票の無効無価値化」を宣言、日本軍が戦時中、大量に発行した軍票は一夜にしてただの「紙屑」と化したのです。

票無効無価値化宣言。この措置に、自分達の持っていた香港ドルを軍票と強制的に交換させられた香港市民が卒倒したのは言う迄もありません。なぜなら、日本軍が発行した軍票の裏書きには、

いつでも等価で日本銀行券と交換出来る

旨の記載があり、軍票は取りも直さず、日本銀行の発行する正式な紙幣と同じ額面で交換出来る「兌換(だかん)紙幣」だったからなのです。つまり、軍票は日本銀行の発行する正式な紙幣と同等の価値を有していた訳で、その軍票がただの「紙屑」になる等、思っても見なかった訳です。

の措置に対して、昭和43(1968)年、香港市民の呉溢興(ウー・イーシン)氏は、「香港策償(賠償請求)協会」を設立(会員は約3000世帯。額面合計で約5億4千万円分の軍票を保有)、日本政府に対して補償(軍票の換金)を求めたのです。しかし、日本政府は「解決済み」として軍票の換金に応じず、平成5(1993)年8月、呉溢興氏等17人の香港市民が、日本国を相手取り総額7億6千万円の損害賠償を求めて、東京地裁に提訴しました。平成11(1999)年6月17日、本裁判の判決が東京地裁で下ったのですが、判決は原告の敗訴に終わったのです。

決において、西岡清一郎裁判長は、「軍票と香港ドルとの交換は強制的に行われた」事は認めましたが、昭和20年9月の大蔵省による「軍票の無効無価値化宣言」と、「旧憲法(大日本帝国憲法)下では国の公法上の権力作用による個人の損害に関しては国は不法行為責任を負わない」とする「国家無答責」原則をたてに、「現行の法体系では国には賠償責任は無い」と結論付けたのです。敗訴した原告は、三審制の立場から最高裁迄戦う事は出来ますが、原告側が高齢な事と、今迄の一連の流れからすると、残念ながら現行司法制度の「限界」から、事実上、司法による「解決」に道を閉ざされた共言えます。

港軍票問題。私は、この問題に対して日本政府は真摯に取り組むべきであると考えます。それはなぜか? 私は当事者ではありませんから、感情論でこの問題を論ずるつもりはありません。しかし、この問題の「本質」が、実は「北方領土」問題にも相通じるからこそ、真摯に取り組み、そして解決すべきだと思うのです。その「本質」とは、ズバリ、

借りた物は返す!! 盗んだ物は返す!!

と言う事です。繰り返しますが、軍票は日本銀行の発行する正式な紙幣と交換する事が出来る「兌換紙幣」です。現に、その裏書きに「いつでも等価で日本銀行券と交換出来る」旨の記載がある訳ですから、原告 ── と言うよりも、軍票を所有する香港市民の言い分はもっともな話です。又、大蔵省による「軍票の無効無価値化宣言」についても、喩(たと)えれば、「借金の踏み倒し」に当たる訳で、今日、経済大国として復興し、国連安保理常任理事国のポストを標榜している日本がなすべき事ではありません。むしろ、恥ずべき事です。更に言えば、もし、「国家無答責」原則をたてに「責任回避」をするのであれば、旧ソ連が不法に占領略奪(盗んだ)した「北方領土」も、現在のロシア連邦が、「北方領土を占領略奪したのは、旧ソ連だ。我々ロシア連邦には、旧ソ連の犯した過ちに対する一切の責任や履行義務は無い!!」と言われても致し方ない訳で、「北方領土」の返還を声高に叫ぶ(私も返還固執派)日本政府は、被害者と加害者の立場が逆転(日露両国・日本と香港市民)している「香港軍票問題」を真摯に解決していかなくてはならないのではないでしょうか? (了)


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